懐かしの急行アルプスが平成15年6月28日下り新宿発8時33分、富士見発11時24分、松本到着12時36分。上りは6月29日松本発15時57分、富士見発17時13分、小淵沢発17時20分、甲府発18時14分、新宿到着20時28分で予定どうり満員の乗客を乗せて運転されました。オレンジ色と緑の色の二色に塗られた懐かしい姿に再会しようと沿線には大勢のファンがカメラを構えて待ち受けました。165系急行『アルプス』は1965(昭和40)年から運転が開始され、1968(昭和43)年10月のダイヤ改正では、最大11往復の運転となりました。その後、1986(昭和61)年11月改正で165系急行『アルプス』は、特急『あずさ』に格上げとなり、定期列車としての歴史に」幕をおろしました。
学生時代の登山列車、特に八ヶ岳方面はすべて、急行アルプスか、新宿発23時55分長野行き普通列車でした。165系は山岳地帯を走る列車の横揺れと線路と車輪がこすれてる『キーン』独特の音がしました。
さよなら急行アルプス 2003年6月29日甲府駅にて
急行アルプスはお友達を連れて 2003.7.2のメールより
突然お便りを差し上げて失礼致します。
私は3日前の日曜、小淵沢での上り臨時アルプスの撮影で
ご一緒させていただいた者です。
申し遅れましたが、湘南80系ボーイと申します。
月曜から暇を見つけては、貴サイトを拝見しています。
なかなかの充実ぶりで、まだ全て見きれていません。
仕事に趣味に生活に、全てを楽しんで過ごしておられるご様子に
見ているだけでこちらも楽しい気分に、そして八ケ岳の澄んだ
空気まで感じられるサイトです。
さて、その節は地元の方ならではの沿線の桜やひまわりの名所など
ご教授いただき、ありがとうございました。
あまり人付き合いがよい方ではなく、また「撮影」という
ジャンルにさほど熱心ではないので、こんなことは初めてで
何と申し上げたらよいか分かりませんが、とにかく
まったくあてにしていなかった梅雨の最盛期にあのような
抜けるような好天に恵まれ、かつ楽しいお話しを伺うことが
できて、(多分)最後の急行アルプスの良い思い出になりました。
写真提供 湘南80系ボーイさま 2003年6月29日
私は165系とほぼ同世代(笑)、正確には一歳下ですが
中央、上信越、東海道筋で、特急がまだ「特別な急行」だった
昭和40〜60年代初頭、本当によくお世話になった格別な
思い入れのある車です。
高校で山岳部、大学ではサークルでしたが、ハイシーズンには
陽の高い内から新宿駅の「アルプスの広場」に並び、
人とザックでぎっしりのアルプスが時と日によっては10分おきに
雁行して松本へ、信濃大町、信濃森上、南小谷へと出ていました。
寝苦しく、減光された車内はいつも前途に漠然とした不安を
抱かされましたし、逆に帰りの上りは充実感と解放感で
いつも楽しい車内だったような記憶です。
山で肉を食いたいとみそ漬けにした上、冷凍して夜行なら
車内より外の方が涼しいと、そこが窓の開く急行型の便利な
ところですが、紐で網棚に結きつけて上段窓から外にぶら下げたり、
特急退避の大月駅から思いがけず岩殿山の花火大会を眺めたり、
南シナの客車を使った臨時に思いがけずスハネフ14がついていたり
(ハフの不足か)等、思い出は尽きません。
写真提供 湘南80系ボーイさま 上野駅
今から思えばもったいない話ですが、大糸線などで
ローカル列車を待っていて、間合い運用の165が来ると
がっかりしていました(スカイブルーの旧国に乗りたい)。
昭和61年11月改正で昼行アルプスが全廃された時、
あの壮絶な混雑と、帰りの汚れきった登山客を特急に乗せて
よいものかと余計な心配をしましたが、丁度その頃から
山は若者より中高年が目立つようになり、平行して高速道が
整備され、かつ夜行から昼行へとシフトしていきましたから
そんな心配はまったく部外者の杞憂です。
今や唯一残った定期の下りアルプスまで無くなってしまいました。
他にしたい事も多く、実践より机上が主だった鉄道趣味ですが
5年ほど前、そろそろ165が危ないと突然天啓を受け(笑)、
臨時アルプスやムーンライト、紀勢本線でつとめて乗り心地を
楽しんで、いや、全身に刻み込んできました。
写真提供 湘南80系ボーイさま 上野駅にて
近年の車内は特ロ以来の伝統だったくすんだ肌色の化粧版も、
青いモケットのボックスもなくなり、その意味では興醒めですが
嘘のように空いている臨時アルプスなどに乗っていると、
全盛期の込んでいた車内では気付かなかった「音」にも魅力を
感じるようになりました。
趣味誌や掲示板でも話題になったことがありますが、MT54が
急行型のギヤ比の場合、加減速時になんとも哀調のある
マイナーコードの主電動機音が聞こえてきます。
これももはや騒がしいイベント列車しか残っておらず、
じっくりと耳を澄ますことは叶わなくなりました。
ある年の夏の、これも小淵沢でした。
深夜の停車。クーラーも既に止まり、窓を開けると冷気と共に
鈴虫の声が独特のMG音と共に流れ込んできます。
やがてドアが閉まり、ブレーキのエアの緩解の音と共に
制輪子の緩む機械的な音、緩衝器を軋ませ起動すると同時に
いっせいにバタバタと音を立てるヒーターの蹴込み板。
聞きようによっては不安定な、複雑なコード変化を辿りながら
一貫してマイナー調で上がっていく主電動機音。
やがて制御器がパラに入る頃には軽快な音に変調し、やがて小淵沢
富士見間の長いトンネルに突入し、風圧で思わず窓を閉めました。
カメラ同様、これといった投資もせずおざなりかつ旧式なアナログ録音
ですがこういう音の記録も、深夜ヘッドセットして聴いていると
たまりません。大糸線の定尺レールのジョイント音が入ってくると
決まって途中で寝てしまう、安眠を誘う音です。
先月の7日、一日だけの運転だった上越線の臨時快速「水上ハイキング」。
鉄道には関心のない友人との山行でしたが、たまたま運転日と山域が
一致して沼田までボックスシートで旅することができました。
イベント以外の、普段着の165はこれが最後だと言われています。
近年は行き尽くした感のある中部山岳地帯から北関東、東北に指向が
向いていたことが幸いしましたが、これも縁だったのでしょう。
とりとめのつかないことを書いてきましたが、そんなこんなで
もしかしたら撮影だけに目的を絞って出かけたのは、これが空前絶後
かもしれません。そのような思いがあるので、ついつい長くなって
しまいました。
まだ子供が小さく、また共働きで自分の時間がなかなかとれず、
夜行朝帰りとか、夕方以降深夜までとか、隙をみてはこま切れで
出かける程度なので、またどこかでお会いしましょうと言う言葉に
我ながら信憑性がなく、まさに社交辞令以外の何物でもありませんが
ネットのお陰でいつでもご様子を伺うことはできます。
これから忙しい日々が続くとは存じますが、
6月29日の急行アルプスがアップされるのを楽しみにしています。
追伸
私は生き物も大好きですが、死に別れる辛さを考えると
とても飼うことができません。
恵まれた環境で大切に飼ってもらっている犬達は
本当に幸せそうです。
ジョナサンオーナーの談話 湘南80系ボーイさま、メールありがとうございました。ほんとうに昔の国鉄時代の鉄道が好きだったのかーと私と同じ気持ちの方なのかと、びっくりしています。小淵沢駅進入口で、『5時40分のスーパーあずさに乗車すれば、甲府駅で、アルプスの入線が撮影出来ます』の一言を聞いたのが、きっかけでした。甲府駅では斜光の中で、急行アルプス、新型あずさ『かいじ』の対面風景を撮影できました。なにより日曜の夕方の2時間がとても輝いた時間でした。ほんとうにありがとうございました。
2003年7月5日 安藤 実より
国鉄時代の新宿駅では夜行急行アルプスのおかげで、4年間もアルバイト(国鉄新宿駅学生班)を経験することができました。国鉄新宿駅学生班は当時新宿駅の庶務に所属していました。駅員の代理として、朝はラッシュアワーの整理、巨人戦や初もうでの時の信濃町、原宿、代々木の改札そして泣く子もだまる新宿駅南口の小荷物。『貨車からの荷物の積み替え等』。率先してアルバイトしたがるGW、登山シーズン、年末年始等の夜行列車の乗客整理、ホームまでの乗客誘導。当時としてはアルバイト2日分を実動6時間ぐらいでもらえてしまえるほど魅力ある仕事でした。大学生は東大をのぞく6大学と東都大学の有名私立大学の理科系、文系の学生が1年から4年まで30名あまりが在籍していました。都電も新宿駅まで来ていたので、いつもあたりまえの風景としてみていました。
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2003年6月29日 165系急行アルプス小淵沢、甲府で取材
急行アルプスはお友達を連れて メール寄稿者 湘南80系ボーイさま
2003年6月30日製作 2020年7月11日更新
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