身延山(1153)
 山梨100名山


身延山
国道52号線沿いで一番の人気の山は見延山だと思います。身延山久遠寺の枝垂れ桜は、多くのファンが毎年訪れます。皆さんはたいがいロープウエイを利用して手軽に身延山を楽しむと思います。今回のポッポの案内する身延山は久遠寺までの282段の石段から始まりました。282段の石段は一つ一つの高さが普通の石段の2倍はありました。よって560段の石段登りの汗かきから始まりました。久遠寺には有名な枝垂れ桜があります。現在は五重塔建設のため鉄のカーテンにしきられてやや残念です。広い境内には立派なトイレもあるので安心です。身延山は1丁から50丁までの石碑があります。正面山門が1丁で石段中間点が3丁でした。ポッポと石畳で休憩した所が20丁そして祈祷する日蓮聖人の石碑がある休憩所が25丁、休憩所の40丁そして山頂の50丁です。山門から山頂まで巨木の杉並木が続きます。特に1丁から25丁までは大変綺麗ですが、26丁から49丁までは参道も杉の葉で覆われて薄暗い感じです。

久遠寺
 鎌倉時代、疫病や天災が相次ぐ末法の世、「法華経」をもってすべての人々を救おうとした日蓮聖人は、三度にわたり幕府に諫言(かんげん)を行いましたが、いずれも受け入れられることはありませんでした。当時、身延山は甲斐の国波木井(はきい)郷を治める地頭の南部実長(さねなが)の領地でした。日蓮聖人は信者であった実長の招きにより、1274(文永11)年5月17日、身延山に入山し、同年6月17日より鷹取山(たかとりやま)のふもとの西谷に構えた草庵を住処としました。このことにより、1274年5月17日を日蓮聖人身延入山の日、同年6月17日を身延山開闢(かいびゃく)の日としています。日蓮聖人は、これ以来足かけ9年の永きにわたり法華経の読誦(どくじゅ)と門弟たちの教導に終始し、1281(弘安4)年11月24日には旧庵を廃して本格的な堂宇を建築し、自ら「身延山久遠寺」と命名されました。(身延山久遠寺のHPより)

行きコースタイム
身延山正面山門(10:48)→久遠寺(11:03)→20丁(11:51)→25丁(12:13)→40丁(12:49)→身延山頂(13:55)

帰りコースタイム
身延山頂(14:52)→25丁(15:54)→十六堂(16:28)→久遠寺(16:54)→身延山正面山門(17:01)

今回のメンバー
2006.11.14 BCリーダー 安藤 直子 . 安藤実(オーナー)
食料係.長沢かつみさん、案内犬 ポッポ 
ゲスト 河口湖町の滝口蘭丸ファミリー

※ジョナサンではポッポ、スタッフと一緒に里山歩きを楽しんでいます。一緒に里山歩き(登山)をご希望の方は、遠慮なくご連絡下さい。夏休みをのぞいた平日に実行します。みんなで待っています。


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2006/11/20作成 
里山歩き実行日 2006年11月14日
里山歩き製作と写真 安藤 実
 
ポンタとポッキーのローカル線の旅シリーズ No.113